勉強を始めるのが早いか遅いかはその結果がもたらす効果を毀損しない

早期教育や英才教育などで、子供が低年齢のうちからあれこれと教育することがあります。
確かにどんな分野でもそうですが、早いうちから勉強しておくと、子供の脳はすぐに習得できるので、早ければ早いほうが良いといわれることもある。
子供に限らず、大学教育だって同じようなことがいわれる。
社会人になってから、仕事をやめて大学行きなおしても、無駄だとかそういう言い分。

確かに日本の場合は新卒であること、年齢が若いことが非常に重視されている。
”普通に”大学へ進学し、”普通に”卒業していることを前提に採用活動が行われる。
この前提に合致していない場合、つまり社会人から大学へ行きなおし、そこから再度就職を目指す、みたいなことは企業の採用活動のターゲットとしては全く設定されていないので、”普通”のパターンで同じ大学を卒業した大学生に比べると不利になることは間違いなさそうである。

ではこういった結果を持ってして、”普通”と言われるパターンより遅く勉強を始めることは意味がないのかと言えばそうだとは思わない。
早く、或いは普通のタイミングでなんらかの勉強をすることと、それよりも遅いタイミングで勉強することは、早いグループの方がよりもそのメリットが小さい可能性があるだけで、メリットが全くないわけではないと思われる。

ただし当たり前だが、何を勉強しても意味や効果があるのかと言えばそうとは限らないと思う。
そもそも何を目的で勉強するかも関係してくる。
自分の好きなことを、趣味で勉強して、勉強そのものが楽しくてする場合は、それによってもたらされる効果は、勉強する本人にとってあまり重要ではない。
しかし収入を上げたいとか、社会的な地位を得たい、仕事で成果を出したいとかそういう何らかの効果を目的でする場合には、それに応じた、効果の有りそうなものを、効果的に勉強する必要があると思われる。

また別の話として、社会人になってから勉強は必要か不要か、という話。
これは別の話なので、別の投稿で記述する予定。

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